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【倒産劇を振り返る】 アーバンコーポレイション倒産の深層


■東経情報(H20.9.29)東経ジャーナル他 掲載記事バックナンバーより

【数奇な運命】

中四国一の超高層ランドマークタワー「アーバンビュー・グンドタワー」。呼んで字の如く㈱アーバンコーポレイションの本社はここにある。受付近くには精巧な広島市街地のミニチュア模型、落ち着いた雰囲気のエントランスを通り抜けると、ゆったりとしたスペースの応接室があり、シンプルな室内の奥に、ひとつとだけ盾がおいてある。証券取引場より上場記念に贈られた盾。数奇な運命の根底がここにあるような気がする。株式公開以降、高度なファイナンスを根底で支えてきたのは株価。奇しくも、最後に当社の足元をすくったのも株価。上場企業の明と暗を感じずにはいられない。その深層における光と影をあらためて検証する。

【創業12年で東証1部へ】

意外に知られていないが、㈱アーバンコーポレイションの登記簿上の前社名は八生という。つまり、昭和38年6月に設立されていた㈱八生という法人登記を使い、平成2年5月、㈱アーバンコーポレイションは創業した。大京広島支店で同じ釜の飯を食っていた4人の仲間が独立創業したのが源泉で、房園社長の独立宣言に呼応した格好で産声を上げたものである。同4年1月、物件第1号「アーバンビュー八丁堀」の販売を皮切りに、自社ブランド「アーバンビュー」、「アーバンコート」シリーズ販売に着手。同8年9月、株式を店頭公開、同9年4月大阪支店、同10年4月東京支店を開設、同12年12月に東証2部、同14年にはわずか創業12年で東証1部まで駆け上り、全国区入りした。

ちょうどこの時期、日本経済がバブル崩壊の後遺症から立ち直る過程であり、急成長を後押ししたのが、不動産の証券化による流動化事業。そして、その背景にあるのが高度なファイナンス。不動産の金融資産化で先行していた外資系のビジネスモデルを取り入れ、日本ではじめてSPC(特定目的会社)などを利用した開発型流動化スキームで資金調達を実施。不動産の価値を収益還元法で評価し、REIT(不動産等信託)市場で一般投資家に転売する手法や、私募債ファンドなどさまざまな金融手法を逸早く導入した。やはり、この機を見て敏となるビジネスセンスは脱帽もので、「不動産価値創造力」がズバ抜けていたことは、筆にするまでもない。

【拡大路線は更に加速】

平成16年3月、アーバンビュー・グランドタワーが竣工し、本社を移転。同地は、昭和天皇が宿泊 するなど広島の迎賓館として知られた広島グランドホテルの跡地。当社は「このままではいずれ、歴史と伝統のある地が東京や大阪、外資の会社に買われてしまう。広島圏外の会社に取られるくらいなら、広島で生まれ育った私たちが手がけたい。そんな思いからこの土地を取得しました。店頭公開の翌年のことでした。株式公開したとは言っても、当時はまだ売上65億円の会社。50億円の不動産を取得するのは並大抵のことではありません。一歩間違えれば倒産は必至。まさに社運をかけたプロジェクトでした」としている。そして、総工費200億円超で地上43階建166メートルの超高層都市型複合施設が完成。中四国地区最高峰のランドマークタワーの誕生は、将に“飛ぶ鳥落とす勢い”を象徴する出来事であった。

その後も、事業拡大はさらに加速。ゴルフ場や医療施設、福祉施設など多種多様なフィールドでのM&Aや、海外進出などを続けた。資金調達もコミットメントライン、コマーシャルペーパー、社債、転換社債型新株予約権など多様化。特に、同19年3月期以降はSPCを連結化したことから、業績および総資産が急激に膨張。メジャー企業として知られる存在となった。

【予期せぬ事態相次ぐ】

しかし、サブプライムローン問題に端を発した世界的な金融市場の混乱と収縮が大きな影を落とす。平成19年末頃より金融機関の不動産業界に対する融資姿勢が急変し厳格化。そのような中、今年2月に発行した「2011年満期ユーロ円建取得条項付転換社債型新株予約権付社債」は、当初の額面総額は500億円であったが、最終的な払込金額は270億円と当初の計画を大幅に下回ることになった。

これが、サブプライムローン問題で揺れる株式市場で過剰反応を引き起こし、大幅に株価は下落し、成長の歯車が逆回転し始める。

そこに振ってわいたのが、㈱スルガコーポレーションの不祥事。3月、実質100%出資のSPCが購入した不動産の立ち退き交渉を依頼した業務委託先の前社が弁護士法違反で逮捕されるというトラブルが発生。反社会勢力との関わりがあるとの風評が金融・不動産業界を駆け巡った。会社側は、外部専門弁護士にコンプライアンスに違反するような事業活動が行われていたか調査を依頼。4月には関与していないとの回答を得て、金融機関に説明を行うなどしたが、結果は芳しいものにはならなかった。

遂には6月末に期限を迎える短期借入金の借り換えが難しくなったが、同月末は法人税の支払期限でもあった。皮肉にも平成20年3月期は最高益を記録し、納税額は130億円に達していたのである。

また、7月に入ると筆頭株主であった房園社長が保有し、金融機関に差し入れていた自社株が担保権行使で売却され、遂に株価はストップ安となった。

【スワップ契約における想定外】

後に判明したことであるが、見逃せない事実として、今年7月11日に新株予約権付社債の発行により入金された筈の300億円が、実は引受先であるBNPパリバとのスワップ契約によりBNPパリバ側へそのまま還流していた。一方でこのスワップ契約に基づき当社に対して支払われる300億円は、結局73億1,400万円(民事再生手続開始申立時点)にとどまった。この原因となったのが、時価総額経営を支えていた株価の下落である。7月11日時点で株価はスワップ契約の下限価格250円を下回る214円に沈み、さらに8月13日の申し立て当日には62円まで低下。これにより株価と出来高を元に行われる当社への支払いは想定を大幅に下回る一方で、既に149億8,000万円分の新株予約権付社債は株式に転換され、当社が今後受け取るべき想定元本も127億3,300万円にまで減少した。(後に民事再生手続開始申立により契約解除となり、差額分50億円超が損失として加わる)。

この間、BNPパリバ側は前述の通り株式転換により当社株式を39.10%所有する筆頭株主に踊り出るものの、21.01%にまで持ち株比率を低下。さらにはメリルリンチ証券など複数の金融機関から67万6,000株の株式借り入れを行うなどの動きをみせており、この動きが信用取引の売り方と並んで、当社株価の下落の一因を担った。結果だけみれば当社にとって不利な一連の契約であった。時価総額経営と云われていた当社が、自身の株価に足元をすくわれた格好となった。

そして、この「スワップ取引」が最後の引き金となる。実は水面下で、米大手投資銀行メリルリンチと8月中旬を目処にTOB(株式公開買い付け)に動いていた。つまり、メリルリンチがスポンサーになれば、金融機関の融資姿勢も好転し、資金繰りも乗り切れる算段であった。しかし、メリルリンチが「スワップ取引」の密約を知り、「契約開示しないまま買収すれば、大きな法的リスクを抱えてしまう」との判断するに至ったようである。

【今年最大の倒産劇へ】

8月13日15時、東京支社会議室に幹部が集結し、取締役会が開催された。その会議の第1号議案が「民事再生手続開始申立の件」であった。前述の通り最後の頼みの綱であった資本提携のアライアンスが合意に至らず万策尽き、8月14日以降8月31日までの間に到来する約180億円の借入金、社債、手形債務の弁済が不可能な状態となったのである。議案は全員一致で承認可決され、15時30分閉会。議事録に記名捺印がなされた。そして、本来であれば、四半期決算を発表する予定になっていたお盆入りの日、東京地裁に民事再生手続開始(事件番号平成20年(再)第175号)を申し立てた。負債総額は2,588億円。会社側は、倒産に至った要因は、信用収縮で、スポンサーによる信用補完を得たいとしており、スポンサー選定の行方が注目されるところである。

【巡る歴史の中の落とし穴】

奇しくも㈱アーバンコーポレイションが産声を上げた平成2年は、大蔵省が不動産取引の総量規制を強化した年。当時、26~27歳であった若きベンチャースピリッツは、スピード経営を実践し、年商2,436億円のビジネスをつくりあげた。つまり、有能な不動産プレイヤーであったことは間違いのない事実であり、はじめて世界に認められた不動産ベンチャーであったといえるのではないだろうか。そして、18年の月日が流れ、サブプライムローン問題による動乱が起こった。経営とは不思議なもので、良いことも、悪いことも何故か続くもの。経営の神様は、最も伸び行く挑戦者に、いくつもの落とし穴を与えたのである。

財閥系以外は残らないとまで言われている不動産業界。いったいあといくつの落とし穴が待ち受けているのであろうか。(了)


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